僕は1975年に奈良県で生まれました。
3人兄弟の末っ子でAB型(変わり者)!
幼稚園、小学校時代の記憶はほとんどないですが、
唯一小学校2年の国語の授業中に先生から教科書に出てきた「おかっぱ」の髪型について、

「砂田君みたいな髪型かな!」と名指しされ、
みんなの笑いものにされたことは鮮明に覚えています…。

↑実際はもっと真っすぐなおかっぱでした

それ以来中学卒業までそのあだ名が付きまとったんです…。
恐らく、その影響で良い思い出が少なく、
少年期の記憶がほとんどないのでしょう。
今のご時世なら裁判沙汰ですね(苦笑)。

そんな事もあってか、人前で目立つのが嫌いで髪型以外は印象に残るような特長がない少年でした。

 

社会人スタートは
父親の影響を受けカード会社に就職しました。
希望の配属地として、
大学時代の居酒屋のバイトの接客中に
長距離トラックの運転手の兄ちゃんが言った
「若いうちは九州がとにかく最高やで~!」
の言葉を鵜呑みにし「九州」を第一希望に。
そして配属地は「熊本」…。
「九州=福岡」のイメージだったので少しがっかりでしたが、
この「熊本」配属が僕の運命を変えました!

カード会社では新規のカード取引先開拓で当時は珍しかった「家賃をカードで決済する」企画を成功させて「新人賞」なるものを獲得出来ました!
今考えると、仕組みを考えることに快感を覚える性格はこの時の成功体験がきっかけだったのかも知れません。

そして社会人2年目の夏、
つまらなかった事務課の仕事に嫌気がさしていた時に運命の電話が掛かってきました!

「うちで営業の仕事をしませんか?
頑張った分が評価される会社ですよ!」

某外資系生命保険会社からのスカウトの電話でした。
2つ返事で転職を決め、
生命保険のフルコミッションの世界に23歳独身で、
しかも知り合いもほとんどいない熊本に足を踏み入れたのです…!

余談ですが、入社後にどこで僕の事を聞いたのか上司に聞いてみたら
「お前がおった会社の女性社員との合コンたい!」
聞かなきゃ良かった…。

 

保険業界に何も考えずに足を踏み入れたわけですが、
皆さんの想像の通り、すぐに壁に行き詰まりました(笑)。
前職の同期や同僚、先輩など回り尽くして
3か月後には見込客ゼロ。
成績は月保険料2,000円にまで落ち込みました。

もう無理かな…と思っていた矢先、
朝礼に営業研修会社の方がPRに来ました。
藁をもすがる気持ちでキャッシングして
約30万円投資。
3泊4日で東京まで研修を受けに行きました。

そこで学んだ中で、今でも大切にしている概念が
「パワーパートナー」
相手の成功を自分の成功と思って相手に尽くす

当時カード会社時代に飛び込みで知り合って
保険も全部自分に任せてくれた18歳年上の不動産会社の社長さんこそ
自分にとっての「パワーパートナー」だ!!

23歳の若造に対したことはできませんが、
社長の好きな食べ物を聞き出して誕生日に贈ったり、出来る限り社長と仲良く
なるように努めました。

そうすると数か月後、社長の高校からの親友を紹介してもらえたのです!
早速お会いして保険のお話をさせて頂くと快く契約を他社から切り替えて頂き、
おまけに近所のお友達の方のご紹介まで頂くことができました!

ご契約後、社長の親友に聞きました。
「なぜご契約とご紹介までして下さったのですか?」

するとその方は
「あいつが紹介する保険屋なら間違いないと思ったし、砂田君の話も分かりやすかったからね。」

この時、改めて「紹介」の凄さと
「相手の事を考えて自分が出来ることを損得抜きにやり続ける」
この考え方がすごく大切だと実感しました。

ちなみにこの社長には自分の婚姻届の保証人にもなってもらい、
今でも毎月ランチをしながらプライベートな相談をしたりする間柄で、
この方と出会わなければ保険の仕事は辞めていました。
本当に僕にとって人生最大の恩人です!

↑福島会長は何と60歳!

ここから一気に成功の階段を…!と言いたい所ですが
人生そんなに甘くありませんでした。

当時月保険料で10万円以上は紹介連鎖でなんとか挙績出来るようになりましたが、
まだまだMDRTという世界には縁がないレベルでした。

25歳で前職の同僚だった妻と結婚したのですが、
研修に費やしてきたカードローンの返済が負担となり一向に生活は楽になりませんでした。

その後外資系生保会社から縁あって大手保険代理店に転籍しましたが、
大きく状況が変わることはありませんでした。。。

そして運命が大きく動いたのは2011年
東北大震災という未曽有の災害により多くの尊い命が失われました。
また、妻のお腹の中には次男が宿っていました。

「保険の仕事をこの先も続けていくのだったら、
今本気でやらないとダメだ!
保険を通じて震災の被害を受けた方々に
何か力になれないだろうか…」

真剣に考え、自分なりに出した結論が
「年末までの販売手数料の一部を日本赤十字に合計100万円寄付する!」
という社会貢献でした。

このプロジェクトをお客様に定期的にお届けしていた「一期一会通信」に告知しました。

その後冷静に考えてみると、当時の平均挙績は年間手数料400~500万円。
今まで年間1万円の寄付をする余裕もありませんでした。
今回寄付100万円を達成するには逆算すると今までの3倍もの挙績が必要だったのです…。

そこで真剣に保険の仕事に対するあり方や今までの保険人生を改めて振り返ってみた時に、
自分の仕事を支えてくれていたのはやはり「既存のお客様」だという事に気付いたのです。

今までと違うサービスをお客様に提供してもっとお客様の役に立つにはどうすれば良いか…?

そんな時、書斎に横積みにされたまま数年放置されていた一冊の本に引き寄せられました。

「94%の顧客が大満足といってくれる私の究極のサービス」

正に自分が求めている事の答えが
そこには事細かに書かれていました!

(来週の「砂田の赤裸々ストーリー②」に続く)